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月刊金融ジャーナル3月号寄稿記事全文 「進化するプライベートバンカー~問われる専門性・知見と器量~」
進化するプライベートバンカー/問われる専門性・知見と器量
(※この記事は2016年3月発行の月刊金融ジャーナル誌に寄稿し掲載頂いたものです。)
KANAEアソシエイツ株式会社
代表取締役 阪部 哲也
プライベートバンクが日本に根づかない理由として、長い間日本の富裕層の保有資産に占める不動産比率の高さが指摘されてきた。 しかし昨今、時代とともに状況は変化。最近では創業オーナーが不動産長者にとって代わっている。こうした構成の変化はプライベートバンクビジネスにどのような変化をもたらすのか。
現代の日本の多くの超富裕層が共通して抱える命題は「事業承継」だ。富裕層構成の変化に伴い、プライベートバンカーに求められるスキルも変化。 かつて無いほど多様なスキルや経験が求められている。 これからも変化し高度化していく顧客の期待を背景に、プライベートバンカーのキャリアは益々進化していくだろう。
創業オーナーが望む プライベートバンカーとは?
超富裕層という言葉から、米国の経済誌「フォーブス」が毎年恒例で発表している世界長 者番付・億万長者ランキングをすぐに連想されるという方も少なくないだろう。世界と日 本のランキングリストを見比べ、資産額の規模に愕然としながらも併せて興味深いことが 浮き彫りになってくる。
NYのウォール街で目下のところ勝ち組であり、人気の4銘柄(フェイスブック、アマゾ ン、ネットフリックス、グーグル)は、アルファベットの頭文字をとってFANG(牙)と呼ばれる。2015年版(資産10億ドル以上の世界長者番付1,862人)では、この4社のうち、実に3社の創業者が世界の長者番付にランキングされていることは興味深い(アマゾン15位、フェイスブック16位、グーグル19位)。 日本人でランクインしたのは24人で、トップ は柳井正氏(ファーストリテイリング)で、資産総額は20.2億ドル(約2.4兆円)。日本ランキング1位でも世界ランキングでは41位となる。柳井氏に次いで、2位は孫正義氏(ソフトバンク)、3位は三木谷浩史氏(楽天)だった。
このランキングからは、日本の超富裕層が保有する資産構成の様変わりが見て取れる。 超富裕層の保有する資産の多くは不動産ではなくなってきているのだ。先頃、スイスの老 舗プライベートバンク、ジュリアス・ベアが日本向けビジネス規模の拡大方針を発表した ことは、世界の金融機関が膨大な可能性を有している日本の富裕層市場に注目していることの証と言っていいだろう。
ランキングに並ぶ超富裕層の顔ぶれをご覧いただくとお分かりのように、特筆すべきは現在、日本の超富裕層の多くは創業オーナーであるということだ。翻って、彼ら超富裕層 の期待に応えるための金融サービスとはどのようなものであろうか。
創業オーナーに共通する課題は事業承継にほかならない。資産運用をはじめ、次世代の 承継者への株式所有権の譲渡、遺言信託、不動産譲渡、生前贈与、相続税対策、アセットアロケーション、税金対策としての融資相談など求められる知識は多岐に渡り、附帯サービスも様々だ。時には御子息や御令嬢の海外留学の手続き、希少銘柄のワインの入手、高級装飾品や絵画の調達など、執事さながらの非金融サービスを求められることもある。ところが日本の金融機関においては法律により業務の範囲が明確に限定されるため、銀行、証券、信託銀行それぞれで提供できるサービスが限られている。
ここに興味深いデータがある。キャップジェミニとRBCウェルネスマネジメントが発表した「ワールド・ウェルス・レポート2013」によれば、日本の富裕層の多くが資産の「成長」を望む割合が低い一方で、資産の「保全」を希望する割合も他国と比べて決して高くないことである。むしろ、「希望なし」の割合が60.4%と過半数を占めていることは見逃せない。日本の富裕層の多くが資産を守りたいから運用に消極的だという指摘は裏を返せば、どうしたらいいかを決めかねている実態であるとも読み取れる。 多くの富裕層が期待するのは金融サービス 全体を見渡して、横串をさして対応できるワンストップサービスである。実はこれを上手に提供することが、日本では少し難しいことが 「希望なし」から透けて見えてきはしまいか。
プライベートバンカーに 求められる要件とは
こうした中、もっと顧客の期待に応えようと、銀行や証券会社が信託銀行を子会社化して不動産や遺言信託などライセンスが必要な事業を可能にするなど、新たな動きもある。 人材市場においては年金運用経験のある運用者、税理士、不動産鑑定士、遺言信託経験者など40~50歳代のシニアなトッププロ人材をプライベートバンカーとして求める求人ニーズが増加している。また、リテール営業経験があり、かつコーポレートファイナンスに 精通している人材への注目も高まっている。さらに、事業承継には単に株式所有権の譲渡や不動産相続などファイナンス知識だけでは賄えない難しさが伴う。連日報道されたことで、いまだ記憶にも新しい「お家騒動」が示したように、とりわけ同族会社の場合、事業を承継する側とされる側に、一筋縄ではいかない確執が生じやすい。こうした場合、プライベートバンカーにはファイナンスの知見ばかりでなく、両者の心情をくみ、しかるべきタイミングを計り、両者が納得した上で円滑な解決策をアレンジする、よき相談者としての奥ゆかしい目配り、深遠な心遣いのできる人格的な器量が求められることが少なくない。同業他社とのM&Aを選択する企業が少なくないのは、こうした後継者問題の解決が容易でないことを物語っている。 創業者が実子を後継者と見込んで早いうちから帝王学を学ばせていても、結果的にふさわしくないと判断される場合もあれば、幼少の頃からよかれと思って施してきたグローバル教育の成果が皮肉にも裏目に出てしまい、実子自らが創業者である親の事業を全否定し、後継者を辞退するというようなケースもあるからだ。プライベートバンカーには時として、実子にも話せないことでも打ち明けられるような深い信頼関係を構築できる人間味が求められている。その意味で、ファイナンスの知見と人生経験の両方を兼ね備えたシニアが優遇される傾向にあるのは事実である。 他方、30歳代の未経験者をプライベートバンカーとして育成しようという動きもある。 新卒採用を控えてきたリーマン・ショック以降の産業人口の構造的な歪みによる人材不足を解消する策であるが、若手にとっては大きなチャンスであるとメッセージしたい。富裕層ビジネスの変革期ともいえる現状におい て、事業承継という命題を解決するために自社の金融プロダクトにとらわれず、顧客のニーズに合わせて信託業務、すなわち遺言信託、運用、税務、不動産、融資などの知識を吸収していけば、この分野でのキャリア形成には大いに役立つことだろう。若手育成を後押しす るように、証券アナリスト協会が「プライベートバンクの資格」を整備し、金融知識の体系化を啓発し始めたことも興味深い。
注目される 「マルチ・ファミリー・オフィス」
時代の流れとともに超富裕層の金融ニーズ は多様化してきた。そして、これからも変化していくだろう。プライベートバンカーはその顧客ニーズに合わせて自らのキャリアを多様化し進化させることが出来る。 現在、日本では一家に一専属という形態のシングル・ファミリー・オフィスが主流だ。ここでは多くの場合、社長室長や財務部長などという肩書をもつ“番頭さん”がオーナーの資産管理全体を任され、そして実際の資産運用は特定の金融機関のプライベートバンカーが担っている。欧米で発達した資産家のプライベート組織の形態と同じである。 しかし、欧米諸国では昨今、複数の超富裕層に富の管理・運用サービスを提供する「マルチ・ファミリー・オフィス」が新たに台頭しつつある。「マルチ・ファミリー・オフィス」とは、簡単にいえば、特定の金融機関に属さず、第三者として「複数のファミリーに」「複数の金融機関の商品を」「最適な組み合わせで」提供する組織である。 欧米でも古くはカーネギーやロックフェラーに端を発し、シングル・ファミリー・オフィスが中心だった。しかし、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなど一代で巨万の富を築いた「ニューマネー長者」の台頭や、サブプライム、リーマン・ショックなどの金融危機を経て、現在では複数のファミリーにサービスを提供するマルチ・ファミリー・オフィスのスタイルが注目されるようになったのである。 今日の資産家においては次世代への事業承継はもとより、昨今の相次ぐM&AやIPOの増加により資産継承は急務だ。今後、日本においてもより「ニュートラルな第三者機関」として欧米型のファミリー・オフィススタイルが、適切なソリューションとして求められるようになる日も遠くないかもしれない。その時、最も必要とされる人材はといえば、信託銀行や銀行でプライベートバンカーとして経験を積んだスペシャリストであることは間違いないだろう。これまでの銀行・信託銀行においてのプライベートバンカーとは一味違った醍醐味を感じられるポジションである。 自社の特定の金融プロダクトにとらわれることなく、よりクライアント側にたった提案が必須となってくるだろう。
従来のプライベートバンカーは、特定の金融機関の営業職といえるかもしれない。しかし、今後はその立ち位置をセルサイドからバイサイドに変え、本当の意味での資産運用のプロフェッショナルとしてキャリアを進化させていく大いなる可能性を秘めていると、確信している。
(月刊金融ジャーナル誌 2016年3月号)