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顧客体験価値向上への挑戦
昨今、金融業界全体に求められている大きな命題のひとつに「顧客体験価値の向上」があります。遡れば、金融庁によるフィデューシャリー・デューティーの強化以降、多くの証券会社が投資信託の販売手数料に依存した収益体質からの脱却を迫られました。
「顧客にどんな価値を提供して収益を上げるのか」を議題にする時、思い出されるのが悪しき手数料を撤廃して顧客のロイヤリティを獲得した米国金融機関チャールズシュワブでしょう。
振込手数料、送金手数料をはじめ投信の販売手数料や信託報酬、さらには妨害手数料まで。さまざまな手数料がありますが、同社は「顧客に価値を提供しない手数料」を一切廃止することで、顧客がチャールズシュワブを利用することによる体験価値を高めました。その結果、取扱口座が増え、ついには預り総資産額でメリルリンチを抜いてしまったほどです。
最近では中国の平安保険が「顧客体験価値の向上」における優れたビジネスモデルとして話題になっています。それまで従来型の一保険会社だった平安保険は積極的な買収によってEC機能搭載のアプリをはじめ、マイカー管理アプリ、デジタル決済など本来の保険業とは一見関係のない周辺サービス事業を囲い込みました。買収によって彼らが何よりも手に入れたかったものは他ならぬ「ユーザーとの接点」です。膨大なユーザーデータを活用し、その後、グッド・ドクターという医療・健康アプリを新たに編み出します。
このアプリにより、それまで劣悪な医療環境のもと、路頭に迷っていた多くの生活者がスマホひとつで病院の予約から医師の指名選択、さらにはスカイプなどの動画で問診が受けらるようになりました。生活者のペインポイントに寄り添い、誰もが望んでいた高い利便性を提供することで一躍「平安保険は私の生活を支えてくれる素敵な会社」というブランディングを広告なしで可能にしたばかりか、いまでは顧客から「平安保険の営業からの連絡には必ず応答する。なぜなら彼らが運んでくる話はいい話だから」と言われるまでのロイヤリティの高さを誇っているのです。
素晴しい顧客体験を提供することで多くの生活者と接点を持ち、そこで取得した「行動データ」を活用することでさらに新たな顧客体験価値を創造していく。こうしたハッピースパイラルによってもたらされる圧倒的優位性がデジタル先進国、中国企業のUX(ユーザーエクスぺリエンス)戦略として世界中からベンチマークされています。もはやユーザーエクスペリエンス、カスタマーエクスペリエンスというキーワードは一部のデジタルマーケターの慣用句ではなくなっているのです。先頃、LINE取締役に就任した慎ジュンホ氏がCWO(Chief WOW Officer)という肩書きであることを報じたニュースは記憶に新しいことと存じます。このWOW「ワオ!」には「ユーザーを感動させるための初めての体験」「思わず友達に教えたくなるような驚き」を表す企業価値が込められていました。
企業の理屈が優先される時代から顧客の満足感が優先される時代へ。この潮流を加速させているのは言うまでもなく、IoTとデジタルデバイスの進化です。決済を軸に顧客の生活に溶け込むプラットフォーマーは顧客IDに行動データを紐づけることで個々人が求めるサービスを観察し、顧客が喜ぶ最適なコミュニケーション、最適なタイミングでの体験提供をすることで友好的なリレーションシップを築いています。
私達の生活を取り巻くデジタルエコシステムの台頭は産業構造のヒエラルキーを大きく変えました。企業競争の焦点が「製品」から「体験」へシフトし、継続的に顧客とつながることで提供できる「体験価値」が重要視されているからです。ユーザーの状況を捉え、気が利く「体験価値」をたくさん提供できる企業が愛され、支持される。単に優れた製品を作って売るだけでは顧客とのコンタクトポイントは「点」でしかありません。利用時のみの価値提供だけではいずれ淘汰されてしまいます。もちろん、金融業界も例外ではありません。情報の優位性を売りにしていた従来の金融業界のビジネスの有り方そのものに揺さぶりをかける変ほどの変容が求められているのです。
こうした背景から最近ではNPS(ネットプロモータースコア)をKPI指標に打ち出し、顧客満足度の向上を計る保険会社も登場しています。ネットプロモータスコアとは不満解消型の顧客満足度の向上にとどまらず、「家族や友人にも喜んで勧めたい」というロイヤリティを伴う満足度指標です。
健康と親和性の高い生保業界ではウエアラブルデバイスの活用により「健康にいい行動」をするたびにサービスが受けられるアプリを開発し、顧客の生活改善を促したり、損保会社ではドライブレコーダーのデータを活用し、「安心安全」の体験価値の向上を提供すべく、事故防止のインフォメーションに役立てたりしています。いずれも短期間で得られる自社の収益よりも長期的な顧客の満足度を優先し、顧客体験価値の向上を目指しているのが特徴的です。
この流れに伴い、転職市場でも大手金融機関を筆頭に業界全体で「顧客体験価値の向上に貢献できる人材」のニーズが高騰しています。先述のCWOをはじめ、CXO(チーフエクスペリメントオフィーサー)、CDO(チーフデザインオフィサー)など耳慣れない募集職種も数多く登場していますが、異業界、異業種から優秀な人材を迎え入れるためには投資を惜しまないという金融業界の本気度を表明するかのように、いずれも高待遇、高ポジションが約束されています。おもな対象者はコンシューマー業界、プラットフォーマー企業、フィンテックのスタートアップ企業におけるマーケター、デジタルサイエンティスト、デザイナー、システムエンジニアなど多岐に渡ります。
異業界から金融業界への転身に関して、沢山の方が弊社へ相談にいらっしゃいます。そして多くの方が、金融業界のカルチャーに馴染めるかどうか、これまでのコンシューマー向けのマーケ経験が転職することでキャリアダウンにならないか、新しい変化に対する金融業界の本気度はどれほどのものか、など、不安を感じていらっしゃるようです。
しかし私は、「黎明期である今は、それだけでチャンスだ」と思います。こんなふうに捉えてみてはいかがでしょうか。白地の多いフィールドで成果を出しやすいこと、第一人者としてのキャリアを形成できること。トライアンドエラーを許容する大きな予算が動いていること。そして何よりも、これまで「顧客体験価値の向上」という目的で活用されることのなかった膨大な顧客データが金融業界には手つかずのまま眠っていることです。
あなたのアイデアとイノベーション次第で未来のビジネスエコシステムを創造することも可能です。ご興味を持たれた方はぜひ一度、ご相談ください。
専任コンサルタント 兵藤正憲