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セキュリティトークンがもたらす、新たな市場創出と熾烈な人材争奪戦
「セキュリティトークン(デジタル証券)」と呼ばれる新たな金融商品の登場に期待が寄せられています。未上場の資産をブロックチェーンの技術を使い、電子的なセキュリティ(有価証券)にしたものです。ブロックチェーンといえば仮想通貨が広く知られるようになりましたが、セキュリティトークンに関してはまだ耳慣れない方も少なくないかもしれません。
本邦初の公募型不動産セキュリティトークンが発行されたのは2021年8月11日、つい最近のことです。公募の対象は国内大手の不動産アセット・マネジメント会社、ケネディクス・グループの管理会社である株式会社DS1を委託者とし、三菱UFJ信託銀行を受託者として設定される受益証券発行信託であり、金融取引法により証券会社、運用会社として登録された引受証券会社を通じてのみ、販売することができます。
本受益権の移転および記録は、三菱UFJ信託銀行が開発した「Progmat」(プログマ)という分散型台帳(ブロックチェーン)を用いたシステム上で行われ、個人投資家への販売は野村證券およびSBI証券が先駆けて行ったことが話題となりました。「Progmat」(プログマ)はデジタル証券のプラットフォームですが、取引にかかる中間コストが自動化によって省けることにより、投資商品の小口化が可能になったのが特徴的です。
セキュリティトークンには既存の株式や社債をトークン化した商品と、これまで小口化が進まなかった資産を裏付けにトークン化して流通性を高めた商品がありますが、自動化によるコスト軽減で後者に期待がかかることは言うまでもありません。なかでも投資対象として有望視されているのが、都心の高級不動産物件です。これらの投資単位は少なく見積もっても数億規模であるため、個人で現物を購入することは非常に困難でした。これまで個人が不動産に投資する場合、J‐REITが選択肢となっていたわけですが、J‐REITは上場している有価証券のため金融市場の影響で価格が変動するデメリットがありました。さらにアセットは選べるものの、個別不動産を選択して投資することができません。非上場の投資対象を私募REITや私募ファンドに求めるにしてもかなりの高額商品のため、個人で投資することは難しいとされていました。
とはいえ、個人投資家の立場でいえば、都心の高級不動産は元割れのリスクが低く、定期預金などと比べても高い利回り、キャッシュフローを期待できる魅力的な投資対象であり、実体のない株や仮想通貨と比べると現物があり、自分の物件として愛着が湧くという点で潜在的なニーズは高いはずです。セキュリティトークンの出現は資産の小口証券化による資金調達を可能にしました。コストによる障壁によりミスマッチが生じていた事業者と投資家の双方のニーズが叶うと期待が高まっています。
先日、三井物産デジタル・アセットマネジメントが年内に不動産セキュリティトークンを個人向けに販売すると発表したことも市場のニーズを裏付ける証しでしょう。300憶円相当の物件を確保し、順次セキュリティトークンとして販売する方針を固め、3年で約1千億円の販売を目標としているほどです。
ブロックチェーンによってネットワーク内のすべての取引がリアルタイムで記録更新されるため「原簿」も有益なデータとしての活用が見込まれています。とはいえ、プラットフォームをまたいだ連携やデータの標準化、ルールの策定などの環境整備はこれから、というのが現状です。
国内におけるセキュリティトークンに関する取り組みとして現在注目されている事例と言えば、先述した三菱UFJフィナンシャルグループが開発した「Progmat」(プログマ)の事例を筆頭に、三井住友フィナンシャルグループとSBIグループは共創出資により証券の私設取引所を2022年春に開設予定であることを発表し、それに先駆けて私設取引所の運営会社「大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)」が今年3月に設立された件、みずほフィナンシャルグループがブロックチェーン技術を活用した「個人向けデジタル社債」の発行およびシステム構築に向けた実証実験を開始した件、SBIグループと野村グループがセキュリティトークンにビジネスにおける提携を発表した件など限られているものの、大手証券会社やデジタル証券の発行・管理プラットフォームがクラウドファンディングを用いたセキュリティトークンの実地をスタートさせるなど、こうした潮流に追随する企業が今後増えていくことは間違いないでしょう。
まだまだ運用が始まったばかりで展開が未知数とはいえ、イノベーティブな新商品の登場に金融業界が久しぶりに活気づき、湧いている。そんな印象を受けます。
こうした素晴らしい状況の中、水を差すようですが、ここで私たちは肝心のプレイヤーが決定的に不足していることを思い出さねばなりません。
銀行、証券、保険、いずれの領域において多くのプレイヤーが存在する中、証券化ビジネス、ストラクチャードファイナンスの経験者はどこも欲しい人材です。もともと、2008年のサブプライムの影響でこうした人材の絶対数が少ない上に、今後さらに採用ニーズが高騰していけば、セキュリティトークンの実証実験が一段落する頃には熾烈な人材獲得が繰り広げられることは必至といえます。
サブプライム以降、証券化ビジネスの経験を貫いた一部の40代後半から50代のミドルトッププロを除き、商品設計や新しいサービス企画開発、セキュリティトークンの発行を取り扱う証券会社との売買において必要となる中堅層の不在をどうカバーするのかという問題が早々に浮き彫りになることは避けられないでしょう。未経験の若手を育成するか、証券化ビジネスの経験を積み上げてきたミドルトッププロを高い年収と待遇で外から引き抜くか、シニアクラスのトッププロを再雇用するか。
いち早く、採用側の戦略が求められる状況といえます。
サブプライム以降、チャンスをつかめなかった世代にとっては好機となるかもしれず、気づいた時には優秀な人材を他社に引き抜かれることにならないよう、プロダクトに応じた報酬レベルの考慮も必要でしょう。覇権争いを賭けたセキュリティトークンビジネスの行方からしばらく目が離せそうにありません。
KANAEアソシエイツ 代表取締役 阪部哲也