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対日直接投資の必要性と金融機関の動向について
2023年4月26日、日本政府は「対日直接投資」残高を2030年に100兆円に拡大する方針を発表しました。これは昨年末の残高(約47兆円)から2倍超の拡大を狙う野心的な目標と言えます。またG7サミットにおいても岸田文雄首相が各国首脳や海外企業幹部に対し、日本への投資拡大を訴えていたことは記憶に新しいことと思います。本稿ではなぜ今、対日直接投資が必要なのかを考察するとともに、それに伴う金融機関の動向と求人ニーズをお伝えして参ります。
対日直接投資の必要性
対日直接投資とは、海外から日本への直接投資を指します。直接投資は以下に2分され、ひとつは既存の企業に対するM&Aや資本提携等のブラウンフィールド投資、もうひとつは新規に工場や販路等の事業資産を一から構築するグリーンフィールド投資です。最近注目を集めた熊本県での半導体受託生産の台湾積体電路製造(TSMC)の新工場建設も海外からの大規模な対日直接投資事例の一つになります。
多くの日本人にとって、かつて日本企業が安い人件費を求めて海外に進出していた姿から「対外」直接投資(日本から海外への投資)はイメージがしやすいものであると思いますが、その逆に日本に対して海外の投資を呼び込むことに対しては「今一つ、ピンとこない」という方も少なくないかもしれません。
現にこの対日直接投資残高の水準(対名目GDP比)を諸外国と比較すると、日本はOECD加盟国38ヵ国中、最下位(2021年)となっています。この要因としては、日本独特の大企業同士の株式の持ち合いや、大手メーカーを頂点に系列企業が連なる構造が、インバウンドM&Aを阻害していたことなどが指摘されています。これまでは海外からの投資を上手く呼び込めなかったことで、世界経済の成長の果実を日本が取り込むことが出来ていなかったとも言えるでしょう。
現在、世界経済が順調に成長し各国で物価や賃金が上昇する中、日本は「失われた30年」という言葉に象徴されるように、物価や賃金の上昇から取り残されており、海外から見ると「割安な日本」が定着しています。この状況を逆に活かし、海外から日本への投資を増やすことで、「イノベーション創出」や「海外経済の活力の地方への取り込み」という直接投資の効果を享受し、30年におよぶ安い日本を脱却していこうという狙いが、冒頭の政府の対日直接投資倍増計画の背景です。
国外からヒト、モノ、カネ、アイデアを積極的に取り込み、国内投資拡大・研究開発促進による成長力の強化と、価格転嫁を通じた賃上げを両輪とし、持続的な成長と分配の好循環を生み出していくこと。上記はこれまではアジアを中心とした国々が、日本からの投資を受けることで実現してきたことですが、今後は逆に日本がそのような状況を目指していくということに、私たちは頭を切り替える必要があると思います。
実際、国内最大手のM&A仲介企業においては、この2年間で海外企業や海外投資家が日本の中小企業を買収したいという問い合わせが5倍以上に急増していると言います。うち25%がASEANの国となっており、これまでの構造が逆転しつつあることがわかります。また中小企業の多い大田区の産業振興協会では地元の町工場を海外投資家に売り込む連携支援事業がこの1年で20件近く進んでいます。企業規模の大小を問わず、今現在勤めている会社にある日突然、外国資本が入るという時代が既に到来していると言えるでしょう。
海外企業と日本企業のそれぞれが持つ強みを掛け算することで相乗効果を生み、より優れた製品・サービスのイノベーションを生み出していく。こうした事例はもともと日本に優位性のあったIT、半導体、製造業はもとより、海外から見て魅力ある成長分野、たとえば観光、飲食などのサービス業、デジタルコンテンツ制作などのソフト業界へと多種多様化しつつあります。
これまでの日本は諸外国と比較し、対日直接投資の効果を、十分に享受できていなかったとも言えます。ここに「伸びしろ」を見出し、対日直接投資の拡大とその可能性に賭けた適応こそが日本再興のために大切なキーワードの一つになると考えられないでしょうか。外国の企業が日本に投資をすることは資本のみならず、新たな経営スタイルや戦略、技術、人材が入り、新しい化学反応が生み出されます。これからの私たちに求められることはそうした異質性や変化に柔軟に適応し、生産性を高めていく能力だといえます。
金融機関の取り組みと求人動向の変化
こうした背景から金融機関においても対日直接投資に関連する取り組みが増えてきています。
三井住友信託銀行の法人企画部アジア業務開発部では、海外の投資家や企業、超富裕層の、日本国内での企業買収・提携(イノベーション事業への出資等)や不動産投資のニーズに対する橋渡し役を担っておりますが、取り扱う案件数は足元で大きく増えております。
三菱UFJ信託銀行の法人マーケット統括部では、海外企業の東証上場およびSR/IRサポート業務を行う部署が新規事業として立ち上がっており、官公庁と連携して海外企業を日本に誘致して上場を支援し、雇用創出や資金調達等による日本の経済循環向上を掲げています。
親会社に台湾の中国信託商業銀行を持つ東京スター銀行ではそのネットワークを活かし、国際部において海外企業向けに日本でのインバウンドビジネスの提案を行っており、国内企業との連携が進んでいます。
このように海外投資家向けに日本へのインバウンド担当者としてビジネスの提案営業を行う求人が増えています。海外への発信・プロモーションの強化、海外の人材や資金を呼び込むビジネス環境改善のためのマネジメントクラスの領域など、今後さらに当該ポジションが増えることが予想されます。ビジネスレベルの英語力をお持ちで、海外からの投資を呼び込むポジションへのキャリアチェンジにご関心をお持ちの方は、ぜひ一度、ご相談下さい。
コンサルタント 藤縄拓