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2023年度金融人材市場の総括と、2024年に持ち越された課題点

 2023年度の金融(銀行、証券、保険)転職市場は年初の予測を大きく上回る、中途採用活況の一年でした。対前年度比で約3倍強になりました。メガバンクだけで合計900人以上、大手信託、大手証券、大手保険を併せると約1300~1400人を採った計算になります。年齢は20代~30代だけにとどまらず、40~50代前半と幅広く、採用職種も多岐に渡ります。
 本稿では昨年度の中途採用の特徴と傾向を振り返りながら、さらに2024年度に持ち越された課題点などを俯瞰的に見て参ります。

2030年問題を見据えた、「前倒し」積極採用

 金融機関が2023年に積極採用を行った背景と致しましては、50代後半のいわゆるバブル世代の大量退職で生じる人員ピラミッドの歪みを補完するべく30代、40代の強化を積極的に図ったことや2021年の銀行改正法改正により業務範囲が広がり、事業のIT推進化が加速的に求められたことによる人材不足が挙げられますが、さらに顕著な要因としては2030年問題を見越した上で「前倒し」採用があったように思います。
 株式会社パーソル研究所の「労働市場の未来推計2030」に拠れば、2030年の労働需要が7,073万人であるのに対し、供給可能な労働人口は約6,429万人と言われており、実に644万人もの人材不足が発生する見通しです。現在、多くの職種で中途採用に広く門戸を開いている金融業界において、優秀な人材の獲得争奪戦が激化する前に、優秀な人材を確保しておきたいという心理が働いた結果といえそうです。

圧倒的な売り手市場の職種

 特に金融業界内・異業界ともに引き合いが多かった職種について述べますと、M&Aアドバイザリー/金融工学/データサイエンティスト/国際法務/情報セキュリティ/内部監査・内部統制・IT監査/経営企画/財務/IR/コーポレートコミュニケーション/産業調査/法人営業が挙げられます。これらの職種はいまなお求人ニーズは堅調であり、とりわけ銀行や証券などでストラクチャードファイナンスを担当している方や運用会社でオルタナティブ投資に携わっている方、金融機関で監査・コンプライアンス(法令順守)の経験者などは争奪戦がますます激化しています。圧倒的な売り手市場と言ってよいでしょう。金融以外からの引き合いが多く、中には人材紹介エージェントからのオファーメールが一週間に100通を超える人もいるほどです。言い換えれば、各社とも自社の優秀な人材をよそへ引き抜かれないための処遇の見直しやフォロー体制の強化検討が喫緊の課題と言えると思います。

異業種から金融業界へ

 金融業界以外からの転職者が時に目立った職種としては、UI/UXデザイナーやDX、デジタルマーケティング、サイバーセキュリティ、ESG関連コンサルタントが挙げられます。これまではあまりみられなかった抜擢人事も増えています。近年、いわゆる「新卒純血主義」へのこだわりが薄れ、メガバンクの40代の副部長が他のメガバンクの部長職で迎え入れられた事例もありました。従来では考えられなかったケースです。それだけ人手不足が深刻であると同時に、もうひとつ見逃せないことは中途採用市場における金融機関の人気が戻ってきていることがあります。コロナ禍以降、根付いたテレワークをはじめ、ワーク・ライフ・バランスの浸透による働き方へのフレキシブルな容認姿勢がとくに異業種からの転職者にとって「想像していたよりも働きやすい環境」として受け入れられている印象です。
 金融機関ではここ数年、退職した元社員を再び迎え入れるカムバック(アルムナイ)採用を導入する企業も増えており、ある銀行では転職者の約3割が元社員といいます。「勝手を知っているはずの古巣が、前よりも魅力的な職場環境に変わっていた」と再転職を決める人も多かったのです。いったん異業界へ出て、そこで得た知見を活かし、社内に新たな風をもたらせて欲しいと迎え入れる企業側のニーズともマッチした好例だと言えるでしょう。
 またコロナ禍以前であれば、面接に2カ月以上かかることも少なくなかった選考にも変化がありました。かつては応募から内定まで1カ月半から2ヵ月が平均的でしたが、現在は3~4回程度の面接で、約1カ月~1カ月半位で選考が終わるようになっていることも特徴的です。リモートやオンライン面接が一般化したことで選考スピードが他社より遅れると内定辞退につながるケースが増えたことがもたらした変化と言えます。

海外投資家が問題視。女性役員候補の採用課題

 2024年3月6日付のBloombergが4月1日付の人事で三井住友銀行の副頭取に工藤禎子専務執行委員が昇格することを報じました。副頭取に女性が就くのは現在の3メガバンクでは初のケースです。ご自身がロールモデルとなり、活躍の場を切り拓いていらしたプロパーの方のこうした実績が今後、ポジティブな影響を与えることを期待したいところです。政府は2030年までに女性役員30%以上の目標を掲げていますが、まだまだ金融業界における女性役員は依然として少ないのが現状です。2023年は日本株が高値圏を推移した歴史的な年でしたが、世界有数の投資家がこぞって注文をつけたのが日本企業における女性活躍の課題でした。女性取締役ゼロの企業は総会で反対票に直結する。それでも変わらない企業には投資の撤退検討という最終手段を考えるとまでも進言されています。
 GPIFとも連携を模索している米公的年金、カルスターズのCIOであるクリストファー・エイマン氏の言葉が象徴的でした。
「人口の半分、つまり女性の頭脳と才能をもっと活用すべきだということ。人口動態は日本の成長に対して不利に働いているが、成長をもたらす人材は既にあるのだ」 
株価に影響をもたらす現実味や社外取締役会からの要請もあったからでしょうか。
 2023年を振り返ると、女性役員候補の外部採用の可能性に関し、企業人事から最も相談を受けた年でもありました。残念ながら、このテーマは未達成のまま2024年に持ち越された大きな課題と言わねばなりません。
金融機関における女性役員のこれまでの実例を見ますと、女性総合職第一期生など生え抜きのプロパー出身であり、メンバーシップ型でキャリアを重ねてきた方がほとんどです。これは社会的にも非常に意義のあることですが、役員候補となると、現在部長クラスの女性から選抜されなければなりませんが、金融業界においては圧倒的に人員が足りないことはご存じの通りです。そこで外部から優秀な人材を抜擢するにあたり、どのような活躍の場を用意すればよいのか、というご相談が増えたというわけです。
 現状、外部から採用された女性役員候補が活躍される典型的なポジションとして目立つのはIR、広報、主計、経営企画、法務、グローバル企業の人事CHRなど特定の職種で専門性を有した方が登用されるケースが多いように思います。弁護士事務所で20年以上勤務されている方が候補に挙がることも少なくありません。いずれも実質のジョブ型雇用であることが特徴的です。ここにメンバーシップ型(ジェネラリスト型)で年次を重ねた人材を役員にする体制を有してきた金融業界が抱える矛盾が見え隠れします。メンバーシップ型でキャリアを重ねてきた社内の優秀な人材を納得させるには異業種からその道のプロフェッショナルを外部抜擢したほうが正当化させやすい。そんな人事の配慮が働くことは無理もないことかもしれません。
 多くの金融機関が次の課題として抱えていらっしゃるのは女性自身のリーダーシップの発揮の仕方を男性上司が理解し、ノウハウを蓄積することだと思われます。特に優秀な男性役員候補からの嫉妬や社内のパターナリズムによって外部から招聘した女性役員を孤立させないための配慮やフォローは重要です。そのための支援策の育成や教育制度が今後求められるようになるでしょう。また男女ともに仕事と育児、仕事と介護の両立ができるような体制整備など、組織全体で抜本的に変えていく必要がある根深い問題が潜んでいるケースもまだまだあるようにお見受けします。
 2024年はガラスの天井を打ち破る、女性性を活かしたリーダー教育という課題に対し、引き続き、共に考え、併走して参りたいと存じます。

 KANAEアソシエイツ 代表取締役 阪部哲也

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