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高度金融人材「採用難」に見る、人材獲得競争の本質的変化
2026年以降の金融転職市場では、高度な専門性をもつ人材への需要が一段と強まっています。一方で、優秀な人材ほど、現職を離れる理由を見出しにくくなっています。本稿では、金融人材需要を押し上げている環境変化を整理したうえで、なぜ採用したい層ほど動かなくなっているのか、採用企業側と候補者側の認識のズレ、そしてこれから求められる採用戦略について考察して参ります。
金融人材需要を押し上げる6つの変化
1. 金利正常化
金利が動く世界に戻ったとき、金融機関に問われるのは、収益機会をどう取り込むかだけではありません。同時に、これまで見えにくかったリスクをどう管理するかです。2024年3月、日本銀行は長く続いた大規模金融緩和策について一定の役割を終えたと判断し、短期金利を主たる政策手段とする枠組みに移行しました。OECDも、日銀の政策金利が2027年末までに2%へ段階的に上昇するとの見通しを示しています。その結果、ALM、円債運用、金利リスク管理、クレジット分析、法人融資、ストラクチャードファイナンス、不動産ノンリコースローン、保険会社の負債管理といった領域の重要性が再び高まっています。
求人市場でも「ALM経験者」「債券運用経験者」「リスク管理経験者」といった募集が増えています。しかし、企業が本当に求めているのは、単にその業務を経験した人材ではありません。金利変動がバランスシート、資本コスト、流動性、信用リスク、収益構造にどのような影響を与えるのかを理解し、その知見を経営や事業の意思決定に結び付けられる人材です。金利が動く時代には、過去と同じ業務をこなした経験だけでなく、変化する環境の中で金融機関の経営課題を捉え直せる力が求められています。
2. 資産運用立国と運用ビジネスの高度化
「貯蓄から投資へ」という流れは、単にNISA口座を増やす話ではありません。金融機関にとっては、運用ビジネス、商品戦略、販売チャネル、顧客接点を変えるテーマです。大手金融グループを中心に、資産運用ビジネスをグループ成長戦略の中核に位置づける動きが強まっています。商品企画、ファンド選定、運用会社とのアライアンス、販売チャネル戦略、NISA・iDeCoを含む長期資産形成提案、オルタナティブ投資商品の企画・導入、顧客本位の業務運営に沿った商品管理。こうした領域を横断して設計できる人材です。「投資信託を販売していた」だけでは足りません。どの顧客層に、どのチャネルで、どのような商品ラインナップを提供するのかまで考えられる人材が必要です。資産運用立国の本質は、販売量を増やすことだけではありません。運用、商品、販売、顧客体験をつなぎ、金融機関として持続的な収益基盤を作ることです。
3. 国内金融グループの再編・機能補完
大手金融グループは、自前主義だけで成長戦略を描く時代ではなくなっています。足りない機能は、買収、出資、資本業務提携によって外部から取り込む。その動きが目立っています。例えば、MUFGによるウェルスナビの完全子会社化、SMBCグループとJefferiesの戦略的資本・業務提携の強化、大和証券グループ/大和ネクスト銀行によるオリックス銀行の子会社化予定、第一生命によるベネフィット・ワンの完全子会社化、第一生命とM&Gの15%出資を伴う戦略提携などが挙げられます。
銀行、証券、保険、信託、フィンテック、資産運用、福利厚生、プライベートマーケットといった機能を組み合わせ、グループ全体で顧客接点と収益機会を広げる必要性が高まっています。国内金融グループの再編・機能補完の本質は、会社同士の組み合わせだけではありません。異なる専門性をどう接続するかです。
4. 外資系金融機関・グローバル投資会社の日本再評価
EQTは、日本でプライベートキャピタル、インフラ、不動産チームの採用を進めています。UBSは、日本のGlobal Banking部門の人員を2024年末比で50%増やす方針を掲げています。Citiも、日本の投資銀行部門の人員を10〜15%増やす方針に加え、日本・中国の投資銀行チームを強化するため、セクターカバレッジを補完するシニア人材の採用を進める方針が報じられています。Goldman Sachsも、日本のM&A市場について、プライベートキャピタルや高度なファイナンスストラクチャーを背景に、2026年以降も強い環境が続くとの見方を示しています。ただし、これは大量採用ではありません。本当に価値の高い人材を、ピンポイントで狙う動きです。評価されるのは、英語ができるだけの人材ではありません。日本企業の意思決定構造を理解し、海外投資家やグローバル本社の論理も理解し、その間を翻訳できる人材です。ここでは、金融の専門性と異文化調整力の両方が問われます。
5. AI・デジタル化による金融業務の再設計
金融機関にとって、AIやデジタル化は効率化の道具にとどまりません。業務、リスク管理、営業、商品企画、顧客接点そのものを再設計するテーマになっています。
AI活用、データ利活用、サイバーセキュリティ、不正検知、業務DXなど、求人ニーズは広がっています。金融実務を理解し、テクノロジーを現場の課題解決に結びつけられる人材が必要です。「AIに詳しい」だけでは足りません。金融の現場で使える形にできるかどうかが問われます。
6. 高齢化社会によるウェルス・承継ニーズの拡大
日本ではすでに国民の約3割が65歳以上となっています。この社会構造の中では、相続、事業承継、信託、不動産、退職後資金、医療・介護費用などを横断して提案できる専門家への需要が避けられません。特に富裕層・企業オーナー向けの領域では、資産運用、相続、事業承継、不動産、信託、保険、退職後資金、医療・介護費用を一体で設計する力が問われます。ここで難しいのは、金融商品そのものではありません。関係者が多いことです。顧客本人、配偶者、子世代、後継者、顧問税理士、金融機関、不動産関係者など、複数の関係者を調整しながら、長期的な資産承継を支援する必要があります。この領域は、運用ビジネスの高度化とは別の専門性です。商品をどう作るか、どう販売するかではなく、顧客の人生、家族、事業、資産をどう承継していくかを設計する力が問われます。
採用難の正体は、候補者不足ではない。採用したい層ほど、動く理由を失っている
金融転職市場では、かつてのように「年収、肩書、会社名、成長領域」といった条件を提示すれば、優秀な人材が市場に現れるという前提が崩れつつあります。金融機関が求める層ほど、転職する理由を失い始めています。現職企業が提供する職務改善、社内公募、専門職制度、役割拡張、働き方の柔軟化。大手企業を中心に、従業員の定着を図る制度が充実した結果、採用したい層ほど、現職に留まる合理性が高まっています。採用企業が本当に競っている相手は、他社の求人ではありません。候補者の現職企業です。つまり、離職率の低い層を、あえて現職から引き離す、極めて高度な説得を伴う活動になっているということです。2026年春闘でも5%台の賃上げが続き、社内公募、専門職制度、働き方の柔軟化も進んでいます。対象人材ほど、現職に留まる合理性が高まっています。以前は、求人票を公開し、応募を待つことで採用できる場面も少なくありませんでした。しかし現在は、採用したい層ほど現職に満足しており、自ら積極的に転職活動を行うケースは限られています。
従来型採用が失敗する理由:動かない人材と企業の認識ギャップ
採用が難航する背景には、企業側の認識と候補者の実情とのギャップがあります。従来の求人票を出すだけの採用手法は、以下の4つの理由で通用しにくくなっています。
1. 職務説明に終始する求人票
法人営業経験、M&A経験、運用経験、コンプライアンス経験といった職務内容の羅列だけでは、候補者にとって「なぜいま、この会社に移るべきか」という魅力や必然性が見えません。求人票は、単なる業務説明書ではありません。候補者に対して、「この会社は何を変えようとしているのか」「なぜ自分が必要とされているのか」を伝える最初の接点です。そこに事業の背景や採用の必然性がなければ、候補者は現職を離れる理由を見出せません。
2. 役割・権限・成功条件の未設計
入社後の具体的なミッション、裁量範囲、レポートライン、成功の定義が曖昧なまま、年収額だけを提示しても、転職を必要としていない層には響きません。
特に40代以降の候補者は、年収だけで意思決定しません。自分はどの立場で入るのか、誰と組むのか、何を任されるのか、どこまで裁量があるのか、何をもって成功とされるのか。ここを見ています。「入社後に相談しましょう」「まずは幅広くご活躍いただきたい」という言葉は、一見柔軟に聞こえます。しかし、候補者側から見ると、役割が定まっていない、権限が見えない、成功イメージが描けないという不安につながります。優秀な人材ほど、曖昧な期待では動きません。
3. 候補者の現職在留理由への理解不足
候補者が現職に留まる理由は、単に年収や勤務地だけではありません。任されている重要案件、信頼する上司やチームとの関係、現職で描いている次のキャリア機会、社内で築いてきた評価、家族との生活設計、子どもの教育環境、親の介護、住宅ローン、働き方への価値観など、複数の要素が絡み合っています。
この「動かない理由」を無視して条件提示に終始するのは、採用側の致命的な認識不足です。候補者を口説く前に、まず候補者がなぜ動かないのかを理解しなければなりません。採用側が見るべきなのは、「この候補者は当社に興味があるか」だけではありません。「この候補者が現職に留まる理由は何か」「それを上回る移籍理由を提示できるか」ここを見誤ると、どれだけ選考評価が高くても、最後に辞退されます。
4. 経営者・事業責任者の採用プロセスへの関与不足
特に新規事業や組織再編に関わる採用では、候補者は「会社が本気でこの事業に取り組むのか」を厳しく見ています。事業部長や経営陣が採用プロセスに深くコミットし、ビジョンを直接語らなければ、候補者は動きません。内定辞退は、条件面だけでなく、候補者が「この上司・この組織で働く必然性を感じられなかった」結果である場合も少なくありません。候補者は、面接官の言葉、質問の深さ、役割説明の具体性、意思決定の速さ、経営陣の関与度を通じて、その会社の本気度を見ています。採用担当者だけが熱心でも、事業責任者や経営陣が本気でなければ、候補者は動きません。
新時代の採用戦略:動かない人材を動かす「新たな挑戦の必然性」の設計
採用に成功する企業は、動かない対象人材を惹きつけるため、単なる求人ではなく「転職する理由」を設計しています。
1. 採用前に、経営課題から人材要件を設計する
採用要件を考える際、「M&A人材が欲しい」「ウェルスマネジメント経験者が欲しい」「AI人材が欲しい」といった職種名や経験領域だけで議論しても、十分な要件定義にはなりません。重要なのは、その人材を採用して何を実現したいのかです。国内再編を加速したいのか、クロスボーダーM&Aを強化したいのか、PMIを担う人材が必要なのか、プライベートマーケット事業を拡大したいのか、法人オーナー向け提案力を高めたいのか、グループ横断の新規事業を立ち上げたいのか。目的によって、求める経験や役割は大きく変わります。採用要件は、人事部門だけで作るものではありません。事業戦略、組織課題、顧客課題から逆算して初めて、候補者に響く言葉になります。
2. 選考前に、年収ではなく「自社に挑戦する理由」を設計する
特に40代以降の候補者は、生活基盤全体で意思決定します。年収アップだけでは、転職リスクに見合わないからです。「現職では部分的にしか関われないが、新天地では責任者として事業を動かせる」「5年後の事業基盤を作る中核リーダーになれる」「自分の専門性を、より大きな経営課題に使える」「今の会社では得られない裁量と意思決定権限を持てる」。こうした理由が必要です。候補者にとって、転職は単なる職場変更ではありません。キャリアの資産配分を変える意思決定です。だからこそ、「年収が上がります」だけでは足りません。「なぜ今、ここに移るべきなのか」を、候補者本人が家族や現職の上司に説明できるほど明確にする必要があります。
3. 選考中に、現職残留リスクを事前に把握する
候補者が何を懸念し、何を大切にしているのかを、面接より前の段階から深くヒアリングし、理解することです。転職意思決定に影響する要素は、大きく分けると、キャリア、生活基盤、家族事情、人間関係の4つです。現職での次の役割、将来の成長機会、年収、勤務地、働き方、配偶者の意向、子どもの進学、介護、上司や同僚との関係、組織内での評価や信頼。こうした要素を把握しないまま選考を進めると、最後に辞退されるリスクが高まります。本当に採用したいのであれば、候補者の転職理由だけでなく、現職に残る理由まで理解しなければなりません。現職に残る合理性を上回る提案ができなければ、候補者は動かないのです。
4. 選考終盤で、事業責任者が直接役割を語る
特に高度専門職採用では、最終的に候補者の心を動かすのは、事業責任者や経営陣が自らの言葉で語るビジョンと、その中で候補者に託したい役割の具体性です。候補者は、「この人のもとで働く意味があるか」「この事業に自分の専門性を賭ける価値があるか」を見ています。面接は選考の場であると同時に、候補者に対して事業の本気度を伝える場でもあります。ここが弱い企業は、最後に競り負けます。条件面で勝っていても、候補者の心が動かなければ入社には至りません。
5. 入社前後で、活躍環境まで設計する
どの部署・チームに所属するのか。何を担い、何に責任を持つのか。どこまで判断・決裁できるのか。誰と協働し、どのように成果を出すのか。どのKPIを追うのか。何をもって成果とみなすのか。入社後にどのような成長や役割拡大を想定するのか。ここまで設計して初めて、採用した人材が活躍できる環境を整えることができます。採用とは「誰を採るか」だけの問題ではありません。「その人を迎え入れて、何を実現するのか」まで設計することです。
金融プロフェッショナルに求められる変化:再現性のある専門性の構築
これからの時代、市場価値を左右するのは会社の看板や肩書ではありません。重要になるのは、環境変化の中でも成果を再現できる専門性を持っているかどうかです。
その専門性の形は一つではありません。例えば、金利変動リスクを管理できるALM、債券、クレジット運用の専門知識を持つ人材。商品企画からオルタナティブ投資、ウェルスマネジメントまでをつなげられる人材。M&A案件の組成から実行、PMIまで一貫して関与できる人材。金融ドメイン知識とAI・データサイエンスを融合できる人材。あるいは、相続、事業承継、信託、不動産などを横断し、最適なソリューションを提案できる人材です。逆に、会社の看板に依存する人材や、単一の業務・商品にしか対応できない人材は、市場価値が伸び悩むリスクがあります。「どこにいたか」よりも、「何を成し遂げたか」。これが問われる時代です。これからのプロフェッショナルに求められるのは、自身の専門領域に閉じることではありません。自分の専門領域を軸にしながらも、隣接領域まで踏み込み、顧客課題に合わせて自分の専門性を更新できる人材が評価されていくはずです。
まとめ
2026年以降の金融転職市場は、「需要は強いが、採用は難しい」という状態がさらに鮮明になると見ています。背景にあるのは、人材需要の高度化と、人材供給の制約です。金利正常化、資産運用立国と運用ビジネスの高度化、国内金融グループの再編・機能補完、外資系金融機関・グローバル投資会社の日本再評価、AI・デジタル化による金融業務の再設計、高齢化社会によるウェルス・承継ニーズの拡大。これらの変化によって、金融機関が求める人材像は高度化し、需要は専門性の高い一部の人材へ集中しています。一方で、各社の賃上げや人事制度改革によって、優秀な人材ほど現職に留まる合理性が高まっています。加えて、コロナ禍以降のキャリア形成機会の偏りや、金利変動を経験していない中堅層と経験豊富なシニア層とのスキルギャップも、人材不足に拍車をかけています。つまり、問題は求人不足ではありません。動ける人材、そして動く理由を持つ人材が限られていることです。だからこそ、採用の考え方そのものを変える必要があります。
これから求められるのは、求人票を公開して応募を待つ採用ではありません。「その人が、なぜ今この会社に移るべきなのか」その理由を、事業戦略とキャリア戦略の両面から設計する採用です。採用企業が見直すべきなのは、求人票の表現だけではありません。候補者との向き合い方、役割設計、経営陣の関与、そして採用を事業戦略の一部として捉える姿勢です。言い換えれば、「来てくれる人を選ぶ採用」から、「動かない人材を動かす採用」へ。競争相手は他社ではありません。候補者の現職です。この現実を前提に、候補者の意思決定を深く理解し、移籍理由を具体的に提示できる企業だけが、高度金融人材の獲得競争を勝ち抜いていくことになると考えています。
KANAEアソシエイツ代表取締役 阪部哲也

